dear my sister

 彼女の母は狂信者だった。故にその計画にも彼女が使われることを強く望み、そしてその望みは叶えられた。

 彼は『塔』を上っていた。日々供給され、そして消化すべき『仕事』として、彼は決められたプロセスを粛々とこなしていた。
 やがて彼はその塔の先端へたどり着いた。そこには彼がしかるべき方法で処理すべきものがあり、それが今回の仕事の目的だった。彼はそれと対峙し、その刹那、脳裏にある光景がよぎった。
 夕焼け。アスファルトで舗装された広場。低い柵。そこで自分は泣いている。誰かの名前を必死に呼びながら。
 殺傷力をもった光線に曝されて、不意に我に返り、意識を研ぎ澄ます。しかし先ほど浮かんだ光景は、頭の隅にこびりついて離れなかった。
 これは私の幼少の頃の記憶なのか。それとも混ぜ合わされて再構成された私の脳が、この光景を触媒にして作り出した幻影か。彼はそんなことを考える。
 いばら。うずまき。よつば。かざみどり。それらを模った光の散乱に、彼は出所の分からない懐かしさを感じていた。
 いつの間にか光は止み、何かを知らせる合成音声が流れていた。
――いいや、違う。
彼は一人、皮肉めいた笑みを浮かべる。それが彼の運命を告げる走馬灯のようなものであったとしても、彼にはそれを歪めるだけの力があるのだから。

 御神体としての即身仏。彼に与えられた役割はそんなところだった。目覚めた時、彼は全てを手に入れ、同時に全てを失った。彼はいつも祭壇の上にちょこんと座らされていた。毎日、夥しい数の信者がそこを訪れ、彼に向かって頭を垂れた。彼はその中に、かつて母親だった者の姿を見た。顔を上げたその人と目が合った。 ……いや、視線が交錯しただけだった。彼女は彼の姿を透かして、胡散臭い教祖が吹聴する『楽園』を見ていた。
 そんな彼の生活のなかに、ある時閃光弾と催涙弾が飛び込んできた。光と煙と悲鳴と足音が交錯する中で、彼は突然身体を抱えられて神殿の外へ連れ出された。我に返って腕を振りほどくと、『犯人』はにやりと笑って、初対面の挨拶をした。それが彼にとって、初めて彼自身に視線を合わせられた瞬間だった。

 とりとめも無く浮かんでくるつまらない回想を振り切って、彼は目の前のそれを攻撃する。大体初めてこの作戦を聞いたときから、こいつは気に食わなかった。鋼鉄の機械に護られた、得体の知れない遺物。それはまるで――
 身を捩る様に回転するそれを追いかけ、容赦なく攻撃を食らわせる。視界の隅に空と海が交互に見えて、まるでジェットコースターのようだ、と思う。
 ちらつく幻影。その中の彼は、何かを求めて必死に泣いている。大きな声で誰かを呼び、必死に手を伸ばして。
 そして、遺物の外殻が全て破壊され、4本の黒い柱が聳え立ったとき、彼は全てを悟った。
 得体の知れない胸のむかつきは、何だったのか。
 楽園を夢見る者どもの手により造られ、崇められて。
 それはあまりにも簡単な結論だった。
 むしろ、気づかない振りをしていただけだったのかもしれない。

――そう、『私たち』は、似ている。構造も、思想も、なにもかも。

 彼は必死でそれを呼んだ。
 質量のある光の奔流をかき分けて。
 帰りを待ってくれているであろう、初めて自分の存在を認めてくれた仲間達の姿を思って。
 全ての音にかき消されて、それでものどを震わせて。
――一緒に、帰ろう。

 そこにいたのは、真っ白な子猫だった。琥珀色の目でこっちを見た後、銀色の鈴をちりんと鳴らし、彼の胸に飛び込んだ。










HellSinker.の作者・ひらにょん氏に心から感謝いたします。
このゲームと出会えて本当によかったです。

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