行為の後の心地よい疲労感に身を任せてまどろんでいたあたしは、耳の縁にはしる痛みによって現実へ引き戻された。素早く上半身を起こすと、カレが微笑んであたしを見つめていた。
 痛みの元を触ると、異物が指にひやりと触れた。おそらく困惑した表情をしているあたしに、カレは手鏡を持たせた。
 手鏡に映る右耳の縁に、金属の輪が突き刺さっていた。それをみとめた瞬間あたしの毛は逆立った。
「どういう、つもりなの?」
睨み付けるあたしの視線を受けつつ彼は静かに答えた。
「ずっとここにいればいい。ここにいれば何も不自由はさせない。食べるところも寝るところも、ずっと世話してあげるよ」
「ふざけないで」
あたしの胸には怒りの炎が燃え盛っていた。そのままの勢いで、あたしはその金属の輪を引き千切った。痛みで目に涙が滲んだ。
「もうここには二度と来ないわ」
「それは残念だ」
彼は目を細める。
「でも、血と涙を流した貴方を見たのは、僕だけのはずだよ」
耳がぴくりと震えたけれど、あたしは冷静な口調で言った。
「あたしの涙と血にそんな価値は無いわよ。出し惜しみしないもの」

 強い北風が耳を撫でるたび、傷口がずきずきと傷んだ。
 これから会うみんなは、この傷口のことを心配し、労わってくれるだろうけれど、その度にあたしはカレのことを思い出してしまうのだろう。あんなヤツがずっと心の片隅に居座ることがすごく悔しくて、あたしはそっとつぶやいた。

「あたしは誰のものでもあって、誰のものでもないの」

The cat of Schrödinger in pink.

back

QLOOKアクセス解析
inserted by FC2 system