ゆりあさんと9人の恋人達

 初夏の日差しが降り注ぐ朝。今日も朝から汗をかきつつ、学校へと向かう。
 まだ人もまばらな教室に着くと、俺の机の周りに、どこかで見たような顔が2人。
「…今日も暑いな」
 彼らを見ると、ただでさえ暑い教室がさらに暑苦しく感じられるわけだが。
 席に座ると、早速彼らの攻撃が始まった。
「おい、どうなってんだよ」
 校則違反の茶髪の男と、いかにも根暗な男。3号と4号だ。
「何がだよ」
「俺とこいつがダブルブッキングしてたんだって」
「…そんなん俺の知ったこっちゃねーよ」
「よりによってなんでこいつとなんだよ!俺は2人きりでゲーセンに行こうと思ってたのにこいつまで付いてきやがって、しかもこいつ何で俺よりハウスオブザデッドうまいんだよ」
「そ、それは家で専用コントローラでやってたから…」
「専用コントローラ!?キモイんだよこのオタクがっ」
 ……朝から、本当に、疲れる。それもこれも、原因は全て――
「あっれえ、3号4号、おっはよー☆」
「ゆりあちゃん!」
 そう、姫野ゆりあ、こいつにあるのだ。こいつは俺の幼馴染で、よく言えば天真爛漫、悪く言えばバカって百回言っても足りないくらいの大バカだ。
「昨日のゲーセン、ちょーたのしかったぁー。またいっしょにいこうね♪」
「是非とも!」
「ゆりあちゃんが行きたいなら何度でもつれてくぜ!」
 うわー…こいつらのふやけた顔、見てらんねぇ。
「…あ、そういえば、昨日3号とも4号とも、2人きりでデートのはずだったっけ。ほんとにごめんねっ」
 そういってゆりあはちろっと舌を出して頭をこつんとたたく。3号が
「萌えー…」
 とつぶやく声が聞こえる。どこがだよ。
「じゃ、3号とは土曜日!4号とは日曜日にデートね?それでいぃ?」
 2人はぶんぶんと首を縦に振る。俺はポケットから手帳を取り出し、それを書き込む。とそこで始業のチャイムが鳴り、2人はそれぞれの教室に帰った。
 え、ゆりあが2股をかけてるって?そんなん全然及ばない。4股?いやまだまだだな。そう、9人。それが今、ゆりあが同時に付き合っている人間の数だ。
 普通の奴もいれば、オタクもいるし、ちょっとガラの悪い奴もいる。秀才もいれば、バカもいる。漢という字がこの上なく似合う奴もいれば白くて線が細い奴もいる。大企業の御曹司も女子も引きこもりもいる。何という統一性のなさ。
「あれ、8号、おはよー☆今日は学校来たんだねっ☆えっ、わたしにこれを?わぁ、すっごくうれしいよ、大切にするねっ♪」
「おい姫野、もうチャイムは鳴ったぞ、さっさと席に着け!」
「あっ、先生!…ごめんなさい……」
 ゆりあはしゅんとして、上目遣いで数学教師を見る。奴もまんざらではなさそうだ。……こいつ、もう少ししたらこの学校を牛耳れるんじゃなかろうか。俺自身はどこがいいのかさっぱり分からないけど。

「えへへ、りょうちゃーん♪」
 午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、ゆりあが俺の背中に飛びついてきた。暑苦しいんだよバカ。
 俺はポケットから手帳を取り出す。
「今日は7号と屋上で昼ごはんだそうですよゆりあさん」
「了解!じゃ、行こ行こ〜」
 ゆりあは俺の手を引っ張って屋上へ行こうとする。
「ちょっと待て、何で俺まで行かなきゃならんのだ」
「えー、7号ちゃんの作ったお弁当おいしいよ?一緒に食べようよー」
「あの子も俺がいたら邪魔だろ」
「邪魔じゃないよー。」
「大体俺はお前の彼氏ではない」
「じゃ、0号☆」
「一緒にしないで頂きたいな。ほら、行った行った」
 やっとこさゆりあもあきらめたようで、頬をぷーっとふくらましながら屋上へと続く階段を上っていった。
「あー……疲れた」
 つかの間の休息時間だ。焼きそばパンにかぶりつく。
「お疲れだな、『マネージャー』」
 友人が話しかけてくる。
「マネージャーじゃ、ねーよ……」
 あいつのスケジュールが書いてある手帳がポケットの中にある時点でそんな否定通用しないことは分かりきったことだが。
「でもゆりあちゃん、一人で行かせて大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ、っていうかあいつのバカは死ななきゃ治らねーよ」
「そういう問題じゃない気もするけどな。」
「自業自得だろ…」
 そりゃ9股もかけてりゃ敵も多い。その中にはなかなかモテそうな奴もいるわけで、まぁそのファンから……
「…おい、いますごい音しなかったか?」
「したな。まさに奴が階段から転げ落ちたような音が」
「りょうちゃん、ただいまー☆」
 教室の入り口に立っていたのはやっぱりゆりあだった。足を引きずりつつ教室に入り、自分のいすに座る。
「また突き落とされたのか?」
「違うよー、足がすべっちゃった」
 ゆりあは首を左右にぶんぶんと振る。まぁ、嘘だろうけど。
「7号のお弁当めちゃくちゃおいしかったー♪今度はりょうちゃんもいっしょに食べようね☆」
 そう言うとゆりあはぺたんと机に伏せる。
「あーお腹いっぱい、しあわせ…♪」
「ちなみにどれだけの量だったか聞いていいか?」
「ん?重箱3段」
 ……おいおい。そりゃ腹も出るはずだなゆりあさん。
「うー、眠くなってきた……。りょうちゃん、ノートよろしくぅ…☆」
 それを最後に、奴は寝息を立て始めた。
「……お疲れ」
 友人は苦笑して自分の席に戻る。
「……おう」

 どうして9股なんかかけるんだ?とゆりあに何度聞いたことだろう。そのたび奴は答える。
「だって、みんなのこと大好きだし、好きな人がいるって、とっても幸せだよねっ☆」
 確かに、それは真理だ。真理だけれども。
「今日は5号とデートだっけ?」
「違う2号と」
 人にスケジュールを管理させるのはどうかと思うんだ。
 そしてなぜだか一緒に教室を出る。
 グラウンドに差し掛かったところで、
「ゆりあ!」
「あ、9号!」
 ゆりあはぴょこぴょこと9号の方に走っていって、ぎゅっと飛びつく。サッカー部1のイケメンの9号のファンであろう、周りの女の子の視線がゆりあに刺さっているが、奴はそんなことには毎度のことながらお構いなしだ。
「ゆりあ、たまには俺のプレーも見てってよ」
「うん、いいよっ☆」
 ……おいちょっと待て。
「お前2号との約束は!」
「あ、30分遅れるってメールしといてー☆」
「おい!」
 もはや呼んでも返事はない。仕方なく俺はポケットからゆりあの携帯電話を取り出してメールを打つ。
『ごめん、ちょっと用事が出来ちゃった><30分くらい遅れるけど待っててね☆』
 なぜ俺はこんな絵文字満載のメールを高速で打てるようになってしまったのだろう。
「ゆりあ、俺帰るから!ケータイ返すぞ!!」
 そういうときょとんとした顔でゆりあがこっちを見る。
「え、なんで?」
「だって俺いる意味ないだろ」
「でも、わたし一人じゃ2号との待ち合わせ場所わかんない」
 ほんとにこいつは……
「GPSでも何でも使って一人で行け!俺は帰る!!」
「えー、そんなぁ……」
 ゆりあはうっすらと目に涙を浮かべる。
「そんな顔しても、」
 そんな顔されても……
「……じゃあ、あと10分だけ待ってやるよ」
「本当に!?えへへ、りょうちゃんありがとー」
 …………パトラッシュ、僕もう疲れたよ。

 梅雨も明けて、気温と湿度は日々加速度的に上昇しているわけだけれど、そんなことお構いなしで、球技大会は行われる。
「暑い……」
 雲ひとつない青空から、太陽がじりじりと肌を攻撃する。と、そこに飛んできた白球をキャッチして、ファーストの方に投げる。
 体育館の中だけじゃ足りないから、この日だけは運動場にもたくさんのバレーボールのネットがそびえ立っている。
 うちの学校は男子がソフトボール、女子がバレーボールをして、チームを好きなメンバーで組むことが出来る。俺はクラスの友人と適当に組んでいる。ゆりあの恋人たちは、今年もゆりあのために勝利を勝ち取るためチームを組んでいる。当のゆりあのいるチームもその辺りでバレーをやっているはずだ。俺は何となくきょろきょろと回りを見わたす。と、なにやら1つのコートで女子が集まって騒いでいる。
「姫野さん大丈夫っ!?」
 俺の耳に届いたある一人の女子の声に動揺する。姫野なんて苗字、そうそういるはずがない。
「……ゆりあ!」
「おい! 危ない!!」
 瞬間、俺の視界は暗転し、オレンジ色の火花が飛んだ。
 目覚めるとまず見えたのが白い天井とむき出しの蛍光灯。誰に説明されるでもなく、ここは保健室だ。
「…あー……」
 バレーボールのコートを見ててボールが頭に直撃、なんて情けないんだ。思わず右手で顔を覆う。
 それと同時に、下半身の妙な感触に気付く。温く、湿った、くすぐったいような、気持ちいいような…
 上半身を少し起こすと、布団が不自然な形に盛り上がっている。不自然というか、そこに人が一人入っていることは明白だ。布団をめくると、そこにはゆりあがいた。
 ゆりあが俺を上目遣いで見る。俺の股間に屹立しているものを手で包み、それの先端に舌を這わせながら。
「お、おいっ……」
 ゆりあがそれから手と口を離し、体勢を変える。ひざ立ちで、俺の腹を跨ぐような格好。そして左手で俺の右手をとり、右手で制服の上をたくし上げ、そして俺の手を胸にあてがった。
 思ったより大きくて柔らか……じゃなくて!
「なにやってんだよっ」
 俺は右手でゆりあを突き飛ばす。ゆりあはひっくり返って、背中から床に落ちる。
「お前……お前、俺の事もそういう対象で見てたのかよ!?」
「そうだよ?……当たり前じゃん」
「……ふざけんじゃねえよっ!!もうお前のことなんか知るかっ」
 床にぺたりと座り込むゆりあにそう吐き捨てて、俺は保健室を後にした。
「……りょうちゃんこれでわたしのこと嫌いになってくれたかな……あ、またどきどきしてきちゃった」
 そんなゆりあの呟きに、気付くはずもなく。

 俺が運動場に戻ったときには、もうチームはトーナメントから脱落していた。補欠がいたおかげで、そこまで迷惑はかからなかったのが幸いだった。
「みなさん、お疲れ様でした。それでは表彰式を始めます。」
 あいつらは決勝で野球部チームに負けて準優勝らしい。今年も2週間前から特訓してたんだろうか。
「賞状、第二位、『ゆりあちゃん大好き!』チーム」
 全く何を考えているんだろうあいつらは。生徒の間からも失笑が漏れる。当たり前か。
 賞状を受け取ると、
「ゆりあちゃん!」
 6号が叫ぶ。生徒の列の中から、ゆりあが立ち上がる。去年と全く同じ展開だ。
「この賞状は君のものだよ」
 全く疲れを見せずに、細い目をさらに細める1号。
 小柄な身体を生かして、今回最多盗塁だった2号。
 しんどいしんどいといいながら名キャッチャーをつとめた3号。
 いつもはだるそうなのに、今日だけはめちゃくちゃやる気だった4号。
 この日のために、その財力をもってわざわざコーチを手配した5号。
 ソフトボール未経験者ながら、特訓によってウインドミルをマスターした6号。
 持ち前の運動神経の良さを生かして、紅一点ながらショートをつとめた7号。
 普段外に出ていないからだろう、鼻の頭を真っ赤にして虚ろな目をしている8号。
 サッカー部だけあって、セーフティーバントをことごとく成功させた9号。
 ……うん、みんないい顔してる。って俺は何様だ?
「わぁ、みんなおつかれさま!本当にありがとう♪」
 俺だけじゃない、この場にいる全員がそう言うゆりあの笑顔を想像しただろう。
 だけど。
「いらない」
 場の空気が凍りついた。
「えっ……?」
「私そんなの、いらない」
 そう言うと、ゆりあはそのまますとんと座った。
 全校生徒よりさらに凍りつく奴らを押しのけ、司会は表彰の続きをする。でも、その場の空気は、何となくしらけてしまったまま、今年の体育祭は終わっていった。
「…あいつ、いったい何考えてるんだか」
 一言言ってやろうと思いつつ、机を指でコツコツしながら待ってたわけだが、他の女子が着替えを済ませて教室に戻ってきても、ゆりあは帰ってこなかった。
 次の日も、その次の日も、ゆりあが学校に現れることはなかった。

「…と、言うわけで、ゆりあの行方を知ってる人ー」
「知りません」
「知らないです」
「知らないよ」
「しらねー」
「知るわけないだろ」
「知らないね」
「知らないわよ」
「知らない……」
「俺も。…ってか部活行かせてくれない?」
「もうちょっと付き合えよ。メールとか電話とか何かなかったのか?」
「ないね」
「メールしても帰ってこないし」
「電話しても電源切れてるし」
「そうそう。」
「ってかお前が知らないとかマネージャー失格だろ」
「俺はマネージャーじゃないと何度言ったことか」
「君が知らなかったら僕たちが知ってるわけ」
「ないと思わない?」
「……俺も全然わからないから、」
「あ、」
「もしかして」
「心配してるんですか?」
「違うって」
「よし、一緒に心配しよう!」
「君も今日から僕たちの仲間入りだ!」
「違うっつってるだろ!」
「またまたー」
「ってかお前らほんとは知ってんじゃないのかよ!?あぁ?」
「に…にゃんのことだよう」
「おい2号、今の怪しいかみかたは何だ」
「ほんとに知らないって」
「弱いものいじめはんたーい」
「はんたーい」
「はんたーい」
「……そもそも、あなたはゆりあさんの恋人でもマネージャーでもないんだったら、ゆりあさんの行方なんて関係ないでしょう?」
「……うっ」
「さすが1号さん、いい事言うねー」
「じゃ、おれ部活行くわ」
「私も塾ですから」
「じゃーねー」
 四方八方に散っていく奴らに、俺はぽつんと取り残された。

 それから数日、ゆりあや奴らに振り回されない生活にそろそろ慣れてきた頃だった。
「おい、ゆりあちゃん大変だなー」
 そんな友人の声で、昼休み机に伏せて寝ていた俺は目を覚ます。
「んぁ?何のことだよ」
「えぇ?お前マネージャー失格だな!」
「だからマネージャーじゃないって…」
「それは置いといてお前ゆりあちゃんの幼なじみだろ?行かなくていいのかよ」
「だから何のことなんだよ」
 友人が、眉をひそめる。
「おい、お前マジで知らないの?」
「知らねぇよ。さっきから言ってんだろ」
「……ゆりあちゃん、実は重い心臓病で今日手術のためにアメリカ行くらしいぞ」
「……はぁ!?」
「今まであそこのでかい病院に入院してたらしい」
 3号の企業グループが経営している病院だ。あいつら……やっぱり知ってたんだな。
「今日の昼に出発って新聞に書いてたから、もう……」
 俺はカバンを引っつかんで教室を飛び出した。
「ちょ、おい!?」
「早退したって言っといてくれ!!」

 学校を全速力で飛び出し、タクシーを捕まえて空港に着いたのはそれから1時間後のことだった。俺は空港内を走り回った。
「も、もう全然分かんね……」
 空港に一人で来たのなんか初めてだ。どこに何があるかさっぱり分からない。カウンターとか多すぎだろ、これ。
 ぜえぜえ言いながら、俺はその辺りにあったソファーに座りこんだ。
「あー……」
 急にゆりあの顔が思い浮かぶ。不思議なことに、あいつの笑顔しか思い浮かばない。
 いや、違う。そもそも、俺はあいつの笑顔しか見た事がなかったんだ。
 心臓病なんてこと、全く気付かせない、バカっぽいけど、いつも楽しそうな笑顔。そう考えると、あいつは本当はすごい奴だったんじゃないかとも、思えてくる。
 ……いや、一度だけ笑顔じゃないゆりあを見た。この前の球技大会の時だ。
『そうだよ?……当たり前じゃん』
 奴にしては奇妙なほどに無表情だった、あのときの情景がよみがえる。あの時、あいつは、ゆりあは……
「え……」
 その時だった。
 声が、聞こえた。
 聞き間違えるわけがない、昔から、聞いてきた声。
 俺は立ち上がって辺りを見回した。多分飛行機に乗るための、自動改札のようなゲートの周りに数え切れないほどの人がいた。
「ゆりあっ!!」
 俺は駆け出した。
 その人ごみの中に、確かに奴はいた。

「りょうちゃん、何でここにいるの……?」
 奴は俺を見つめる。驚いたような、泣きそうな目で。
 俺は思わず奴の頬をはたいた。
「痛っ」
「何で……何で黙ってたんだよ!!もしかしたら、」
 考えたくもないけれど。
「もう二度と会えねぇかもしれないんだろ!?」
「りょうちゃん、私のこと嫌いになってくれたんでしょ。嫌いな人がどうなるかなんて、関係ないじゃん」
 頬を押さえて、目に涙をためて。
「もう二度と会えないんなら、いっそ嫌われた方が……」
「このっバカゆりあ!」
 初めて抱きしめたゆりあの身体は、思っていたよりもずっと華奢だった。
「絶対帰って来い、約束しろよ……」
「く、苦しいよりょうちゃん……」
 慌てて腕を離すと、そこにはゆりあの笑顔があった。
「でも、ちょっとうれしいな」
「ゆりあ……」
 俺はゆりあの頬を両手でそっと挟み、唇を近づけた。
 唇に、確かに感じたやわらかい感触。だが次の瞬間、
「い、いったーい……」
 がつっ、という音が脳天まで響いた。言うまでもないが前歯と前歯がぶつかった音だ。
 ゆりあが笑い出す。
「りょうちゃん、ちゅーへたくそっ、あはは、みんなの方がよっぽどうまいよー」
「黙れっ、これが初めてだったんだよっ」
「…え?」
「何年間お前にかかりっきりだと思ってんだよ!」
「そっか……じゃあ、私がいなくなったらいい人見つけてね。」
「ちょっ、ゆり……」
「さようなら」
 ゆりあはするりとゲートをくぐり抜け、一度こっちに手を振った後、飛行機の中へと消えていった。
「ゆりあ……」
「あーはいはいはいはいごちそうさまでした」
 わざわざ視線を向けなくても分かる、この声。
「お前ら……」
 振り向いた先にはやっぱり、奴らがいた。ご丁寧にも9人全員そろってる。
「おい!やっぱりゆりあの居場所知ってたんだろ!嘘ついてんじゃねーよ!!」
 5号に詰め寄ると、奴は肩をすくめる。
「何で彼氏でもない奴に教える必要があるんだか」
「あのなぁ……」
「それよりお前、一発殴らせろ」
「何だよ4号」
「人の彼女を殴った挙句キスまでするなんて」
「……なめてんのかよっ!」
「2号、残念ながら凄んでも全然迫力ないぞ」
「ほっといてよ!」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと殴らせろ」
「ああ、いいぜ?さっさとやりたまえ」
「よし、準備体操だ」
 そういって身体をほぐし始める6号。
「あたし実は、中学時代空手部だったのよねぇ……」
 不適に笑う7号。
「俺蹴りでもいい? いいよな!!」
 そう言って目を輝かせる9号。
「ちょ、ちょっと待てよお前ら……」
 俺は助けを求めようと、1号の方に目を向ける。
 彼は細い目を三日月型にして、
「そうですねぇ、僕もある意味欲求不満ですし……いいと思いますよ」
 そう言って唇をなめた。
 俺は心の中で悲鳴をあげた。

 いつもの通学路のとある場所で、俺は毎朝足を止めてしまう。
 とあるT字路だ。俺の家からまっすぐ行くと学校だ。そしてもう1つの道の先には……
『りょうちゃん、おっはよー!!』
 ゆりあがいなくなって、早一年。それでもここを通ると、嫌でも自覚してしまう。なんだか悔しい。
 しばらく立ち止まって、ふぅ、と息を吐き、空を見上げる。
 また、今日も寂しいだのなんだの喚く奴らの相手をしてやらないとな。
 俺は学校の方向へと、また歩き始めた。

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